「両親をうしなったのは、わたしがまだ、おさないころのことでした。
それからというもの、ずっとひとりでさみしい日々をおくってきました。
雨がふるたびにおもいだすのは、
やさしかった、おとうさま、おかあさまのことばかりです。」

「そんなある日、伏見稲荷(ふしみいなり)神社で、初音の鼓をだいた、
あなたさまをお見かけして、おもわず、忠信殿になりすましてしまいました。」
子ぎつねは、親孝行がしたいばかりに、鼓をまもって静御前の
おともをしてきたのです。

耳をすますと、鼓から両親の声が聞こえてきます。
「おまえがいては、忠信殿のごめいわくになるので、
はやく山へかえりなさい!」
子ぎつねは、はなれるのがつらくて、つらくて、鼓をだきしめてないています。
そして、「おとうさま、おかあさまのいいつけに、
そむくわけにはいきません」といって、
ふりかえり、ふりかえりさみしそうにさっていきました。
あまりに、あわれなそのうしろすがたに、静御前もないていました。




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